クリエイターインタビューcapsule(カプセル

最近の音楽業界で話題のcapsule。テレビ・ラジオであなたも必ず聞いています。
全クリエイター必読のインタビュー。

新しい≠新鮮

カプセルの曲は編集に近いと感じています。全部の音が素材であって、それを加工したり、コピーアンドペーストしたり、コンピュータで作りましたというような、グラフィックデザインをそのまま音楽の世界に持ち込んだように聴こえますが、どういう感覚で作られているのですか。

中田ヤスタカ(以下中田)/そういう感覚ですよ。音もデザインも分けて考えていません。僕はピアノを弾くことも出来るのですが、さらにコンピュータを使うという選択肢もあるだけ。絵だって手で書くのが下手だからCGにすると言うわけじゃないですよね。絵が上手くてもCGやるし、手じゃないと書けない雰囲気のところまでは手で書いて、手で出来ないとかパソコンでやった方が面白くなるところはパソコンでやる。目的に合わせて手段を用意しているだけ。編集感覚の切り貼りをしようと思っているわけではなくて、そうやった方が面白いと思うところだけそうして、そうでないときは一本の普通の曲にしています。「ファッション、ファッション」と連呼する曲がありますよね、あれはやっぱりコピーアンドペーストですか。それとも全部歌っているのでしょうか。

こしじまとしこ(以下こしじま)/あれはコピーだったと思います。

中田/歌い方が変わっていく事が良いのか、同じ方が良いのか、どちらが良いかというだけです。人間は似せて歌うことは出来ても全く同じ歌い方はできない。両方やってみて良い方を選ぶ。普通に歌ってもらって、これは人力で何回も言うよりコピーアンドペーストの良い意味での違和感が面白いと思った。それは普通に歌った中でこの一言だっていうのを選ぶんです。やり方にこだわりは無くて作品が良ければそれで良い。

そういったコピーでの曲作りはコンピュータが無ければ出来ないことなので、結果的に新しい感じに聴こえますが、新しいものを作ろうという意識はしているのでしょうか。

中田/自分にとって新鮮ならば良いのではないでしょうか。世の中に無いものを作るって言っても、それが楽しいかは別。世の中に無いものを作ったら、それで良しと言うわけじゃない。

こしじま/感覚的にフレッシュを感じられるかを大切にしているんです。

それでは今フレッシュなことはどのようなものでしょうか

中田/意味合い的にはどんどん変わっていく。大切なのはそれが今どうなのか考えることではなくて、それを考え続けられるかどうか。こういうのがフレッシュだと一度定義してしまうと、それが永遠みたいになってしまうところがある。でもフレッシュは変わっていくので定義して共有する必要はないと思う。音楽に限ったことではなくて「最近テイスト変わったんじゃない」って思う人は表面的に見えているところ以外のところが自分と多くリンクしていなかった。変化を変わっちゃったと感じる人より、良くなったねって感じてくれる人は、表面的な部分以外にもシンクロしているところが多いのだと思う。例えばカッコイイ事やろうと思っても、カッコイイって決まっていない。カッコイイ雰囲気というか、その時にそう思えるものをしているので、変わっているのか変わっていないのか解らないですね。

そこでやる意味

コンピュータが無ければこういった音楽にならなかったと思うのですが、もしもコンピュータが無かったらどんな音楽活動をされていましたか

中田/音楽をしていなかったかもしれないですね。僕は演奏を人に見せたいわけじゃなく、作品を作って、それを人がどう聴いてくれるかをしたいだけで、CDや最近だと配信がメイン、つまり作品がメイン。ステレオやオーディオとして面白ければ良いというか、演奏やライブと作品は同じではない。やっていることも全然違う。そこでは道具がとても大事になってきて、そっちの世界でしか出来ない、五分の曲を五分じゃ作れないところに面白さがあると思うんです。音楽をステレオで作るっていうところにおいて、折角やるのであれば、そこでやる意味が欲しくて、そうしているうちに段々ライブ向きではない方向に行ってしまった。やっていることは工作に近い。今のJポップの人はテレビに出ることを考え過ぎだと感じる。テレビに出て歌えなきゃいけないから、五分の曲を五分間で再現できなきゃいけないと思って作ると縛りが強すぎるんです。一本の曲として演奏できるところで自分がストップかけちゃう。例えばひとりでハモる事はできないし、コピーアンドペーストで声のフレーズを繰り返すようなエディットをする場合、ライブだと同じ感じにならない。そういうのを「ライブでこれどうすんの?」って考えてやめるのはナンセンス。そんなことよりも聴いたときに楽しくないと、と考えて作っているんです。

会社側からカラオケで歌われないと駄目だってプレッシャーがあるのではないでしょうか。マーケットとのリンクで表現が縛られるというか。

中田/好きな曲を歌いたいという思いはわかるんです。そっちが問題なのではなくて、作っている側がこのボーカルじゃなくても良いように、むしろ他のボーカルの方が良い曲になったかもしれないような、そんな要素を残して作っている。意図的に分けて作っている。なじませていないというか、一体感が無いというような、まさにカラオケ用というか。これは音楽を侮辱しているというか、どうしても好きになれない。

否定される

美術品も売りやすい作品と売りにくい作品があって、例えばコップだったら飲みにくいとか作品性が良いとか以前に駄目という評価になることがあります。

中田/「駄目じゃない物」を作ろうとしている時点で駄目なんですよ、きっと。「駄目じゃない」っていうのは必要ではあるけれども「良い物」ではない。食事でも特別に高くもなくて、激安でもなく、不味くも無く、こだわりもそんなに無いのだけれど、便利で手軽なコンビニのお弁当のような。必要だけど、それで一生過ごせと言われても違う、それは音楽も一緒だと思う。誰に聴いて欲しいのか解らないものが多すぎる。言い訳としては売れるためだろうけど、実際は顔が見えていないんだと思う。だから曲が良いものにならない。それが無くなるとつまらないのだけれど、そこに頼りすぎている感じはある。アートもそうだと思うのですが、それを必要という風に変えていく努力が必要。これから面白くなるかもしれないということをやれるのは作り手側しかない。作っているものに対して、これから求められるものになっていくという説得が出来るように皆がなっていくと良いと思う。そうしないと結局は発注されたものを作るだけになる。今アリになっているものも、アリになったからアリなわけで、誰かが始めたものじゃないですか。自分がそのアリっていうものと違うものを作りたいとしたら、今のアリの中に入るような活動をしなきゃいけない、それが出来るかどうか。解らない人はいつの世の中にもいて解る人にはならない。そういう人は、これ今流行っているって周りの状況見ながら仕事をしている。みんながみんな、じゃあ俺も勇気を持って生きていこうっていう風にはならないと思うし、やるのであれば、そういう人にもアリって思わせるような説得力みたいなやつをどこかに作るしかない。

作るというか、クリエイティブに関して悩んでいる作り手など多いのですが、どうアプローチすれば良いでしょうか。

中田/最終的に否定されるところまでいくのが良いんじゃないでしょうか。初めに画期的なことを始めた人がいるとする、やがて画期的だってみんなが認めるようになる、それが広まっていくと、これアリなんだって思って、自分の感覚じゃなくて周りを見てそれが普通になってからする人が居る。それが十年も二十年もやっていると、初めにナシをアリに変えた人でもアリを狙ってやっているって思われてくる。そうなれば良いんじゃないでしょうか。そうなった人の方がすごい。作り手に言いたいのは、何かをかっこ悪いとか否定しながら生きる方が、あれカッコイイって肯定しながら生きるより断然ラクなんです。カッコいいものをカッコイイと主張する方が難しい上にリスクを伴うからみんなやりたがらない。それを出来ない人は、もう初めからその土俵に居ないと思う。自分がこれ良いって言える人じゃないとやって行けないんじゃないかな。

こしじま/駄目なものは答えられるけれど、良いと思うものは答えられないっていう人がすごく多いよね。

安心

まだ認められていない価値はひとりよがり、間違えているのではないのかと不安になりませんか。

中田/と言うよりも安心したことがない。これで良いんでしょって思ってやっている事は解る人には解る。それを解らない人に向けて騙しながら商売するのは好きじゃない。音楽業界で生活したければ良い曲作る必要ないんですよ。仕事をくれた人にだけ良いって思ってもらえれば、それでお金をもらえる。その方がラクだけど良い曲にはならない。だって自分には解らないものになっちゃう。何でも作れる人の作ったものにしかならない。それを聴いて感動しましたって言われてもすごい残念じゃないかなと思う。こんなもんで良いだろって思っている曲で泣いて欲しくない。どうせ感動するんだったら、作っている人も良い物が出来たっていうもので泣いて欲しい。

ということは完全にメインターゲットは自分ですね。

中田/普通そうじゃないかな。聴く人は聴きたいから聴く、そこにお金を出してまで買う、だか
ら、本来そこには嘘がないのが当り前だと思う。

でも色々な諸事情でしなくちゃいけない、曲げなくちゃいけない事もある。で、上手く行かないのに悩んだり、逆に認められていくと、今度は退屈してしまう。まさに安心したことが無いというのは、自己表現を続けようとすると、そうなってしまうのでしょうか。

中田/安心感は要らないんだと思う。安心っていうのは、もう面白くないところだから。それ以上は無いって。いい意味でも悪い意味でも使うじゃないですか、夫婦でも安心感があって空気みたいなって、ね。物を作り出すってところでは安心感はいらない。安心って言うのは想像できる範囲って事ですからね。それなりにしかならない。

なるほど、それでは新しいアルバムについてお願いします。

中田/いつもどうりです。今、そのタイミングでやると面白いかなって想像が広がる感じ、未知なところも含めて面白くなっていくと良いなって。この人、次は何するんだろうって思う人には興味深いものになってくれるようにと作りました。そうしないと聴いている人より先に、やっている自分が飽きますから。飽きちゃったものをしてもしょうがないっていうのがあって、自分が昔作った曲で、今聴いても面白いものもあるのですが、今の世の中でこの音楽が流れていなくても別に良いかなって思う。ずっとそういう風にして更新してきて、あるタイミングで固まったり、壊したりしてって繰り返しなので、そういう意味でもいつもどうりです。

こしじま/毎回自分が楽しんでいるのには変わりなくて。それを今回も聴いてくれる人が感じてくれたら良いなって。イコールを読んでいる人は新しいに敏感な人だと思うので、カプセルのCDも聴いてみてください。

三月には金沢でもイベントの予定があるそうですね、楽しみにしています。本日はありがとうございました。

(二〇〇七年十一月二十五日、スタジオにて)

インタビュー・文/中西研大郎







(c)Kanazawa Art Event Calender Equal





 
 

Web Equal  vol.3 2008.2~4

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capsule カプセル

プロデュース、アートディレクション・デザイン、スタイリングなど全てを手がけるプロデューサー"中田ヤスタカ"と、ボーカル"こしじまとしこ"によるユニット。エレクトロ/ハウス/ディスコ・パンク/ラウンジ/ロック/カットアップなど様々な要素をスタイリッシュにもキュートにも自由自在に操る天才的なサウンドセンスと、そのファッショナブルな作品性から、特に美容/服飾関係者からの支持は厚い。最新作「Sugarless GiRL」はApple iTunes Music Storeエレクトロニックチャートのアルバム総合チャートにて国内外勢を抑え1位を獲得するなどこのジャンルにおいては異例のヒットを記録。プロデューサー中田ヤスタカはcapsuleの他にもm-flo、MEG、Perfume、リア・ディゾン、鈴木亜美など数々のアーティストへの作品提供やアレンジ/リミックス/ドラマ「LIAR GAME」のサウンドトラックなどに携わるほか、2005年にはスタジオジブリとのコレボレーションによる短編映画「空飛ぶ都市計画(原案&音楽:中田ヤスタカ×絵コンテ/監督:百瀬ヨシユキ)」を発表しており、後に関連作を含むDVD「ショートショート」が大ヒットするなど、音楽界のみならず様々な方面から活躍中。共に金沢出身。
 

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アルバム
『FLASH BACK』

エイベックス / JPN / CD / YCCC-10011 / JP0712-58 / 2007年12月05日 / 2,310円(税込)

【収録曲】
1.construction
2.FLASH BACK
3.Eternity
4.You are the reason
5.Love Me
6.I'm Feeling You
7.MUSiXXX
8.Get down
9.Electric light Moon light
YCCC-10011

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